フルサイズは"ボケ"が"大きい"のはなぜか
「フルサイズでボケを活かした写真を撮ろう!!」
こういった文句、ありますよね。
大嘘、と言うつもりはないのですが、なぜそう言われるのかを定量的に書いた記事がどこにもなかったので書きます。
みなさまが光学に少しでも興味を持っていただければ幸いです。
はじめに結論を書いておくと、
- センサが大きいほど、同じ画角を得るための撮影倍率(横倍率)が大きくなり
- それに応じて縦倍率(被写体の奥行き差がどれだけ像面のデフォーカスに変わるか)も大きくなり
- 同じF値で光束の収斂角が同じでも、像面でのデフォーカス量が大きくなる
からです。
これが何を言っているかを、ある程度噛み砕いて書いてみた記事になります。
上の文だけで既にご理解いただけた方は次回の記事でお会いしましょう
"焦点距離"と"倍率"と"35mm換算"
焦点距離
望遠レンズと広角レンズ、どちらもほしいですね。
- 「望遠レンズ」
- 「広角レンズ」
これらを決めるのは、レンズの焦点距離です。
一般的に、焦点距離が
- 長い → 望遠
- 短い → 広角
と分類されます。
http://local-shooting-area.com/technique/syoutenkyori/
この図だけ見ると、なぜここが焦点距離?となりがちなので、こういうことです
平行な光がレンズによって曲がり、1点に集まるまでの距離が「焦点距離」です(乱暴)
ここで、センサの中心から最も端までの距離を とすると、焦点距離 と、その光学系で写し込める最大の画角 との間に
\begin{align} y_{\mathrm{MAX}}=f\times \tan\omega \end{align}
という関係があります。
図がわかりやすいでしょう。
ちなみに、「フルサイズ」と呼ばれるライカ35mm判の最大像高 はだいたい21.6mm、
「APS-C」サイズのセンサでだいたい14.2mmです。フルサイズのだいたい1/1.5ですね。
なので、広角と望遠における焦点距離の大小は
こういった関係です。
一方で、フルサイズとAPS-Cのように、異なるサイズの撮像素子で同じ画角の写真を撮りたいとしましょう。
このように、同じ画角を写すためには、センサが小さいほど、焦点距離の短いレンズを使う必要があります。
逆に言うと、ある大きさのセンサ・ある焦点距離のレンズで写真を取るとき、その画角はフルサイズでは何mmの焦点距離のレンズと同じになるか
を示したものが"35mm換算"の画角という考え方です。
画角が同じでセンサが小さくなる場合、焦点距離を短くする必要がある。
倍率
また光学には「倍率」という概念があります。
大きさ の被写体を写したとき、センサ上には大きさ で投影されているとき、倍率 を
\begin{align} \displaystyle \beta := \frac{y}{Y}\end{align}
と書きます*1。
さて、先程
「センサが小さくなると、同じ画角を写すには焦点距離を短くする必要がある」
と書きました。
これを「倍率」を使って説明することもできます。
同じ大きさ、同じ距離にある被写体を、より小さいセンサに収めたい場合には、より縮小する、すなわち倍率を小さくする必要があります。
ではどれくらい小さくする必要があるか。
もう一度、画角と焦点距離、そして被写体のセンサ上での大きさの関係は、 でした。
倍率は像の大きさに比例し、像の大きさは焦点距離に比例するので、焦点距離と倍率は比例している、と言う事ができます。
余談ですが、通常カメラでの撮影は縮小投影なので ですが、のような撮影ができるレンズがマクロレンズと呼ばれます。またそれも面倒なのでここでは書きません。
F値とNAの話
F値とはなにか
カメラのレンズには「明るさ」を表すF値という量ががあります。
デジカメで、感度もシャッター速度も何もかもオートで撮れるようになった今ではもっぱら"ボケ量"と関係づけられることの多いF値ですが、もともとは写真の明るさを決めるための大事な尺度でした。
F値は、それが同じであれば、フィルムに当たる単位面積あたりの光量(照度≒明るさ)が同じになり、F値が倍になると明るさが1/4になるように定義されています。
これは、センサ面に収斂する光束の立体角と関係していて、次の図のようなイメージで考えることができます。
F値を決めるのは、レンズが取り込める平行光の光束の径 (これを開口径と呼びます)と、光学系の焦点距離 です。
光の量は開口の面積に比例するので、焦点距離が同じとき、開口径が2倍になると取り込める光の量は4倍、F値は1/2になります。
一方で焦点距離が2倍になると、開口径が相対的に1/2になったと考えることで、単位面積あたりの光束密度は1/4、F値は2倍になります。
まとめるとこんな
実際、
\begin{align} \displaystyle\mathrm{F} = \frac{f}{\Phi}\end{align}
と計算されます。
この式から分かる通り、F値が1のレンズというのは、焦点距離が光束径と同じで、収斂角が片側でだいたい30°, 開き角で60°になります*2。
NAとはなにか
ちなみに、NA(Numerical Aperture : 開口数)という概念もあって、F値よりも直接的に結像の収斂角と関係しています。
上の図の収束角 を使って、空気中でのNAは
\begin{align} \displaystyle\mathrm{NA} := \sin\theta \end{align}
と定義されます。
一般には、光束が収斂する空間の屈折率を として です。
いまは収斂側、つまり像ができる側のNAを考えていますが、顕微鏡などでは物体側、拡散側のNAを考えたりもします。
F値とNAの関係は
\begin{align} \displaystyle\mathrm{F} = \frac{1}{2 \mathrm{NA}}\end{align}
となっています。
上の図を見ると「 ?? では?????」となるのですが、収差をちゃんと抑えた(まともに結像する)光学系では となるように設計されているのです。タンジェントは出てきませんし近似でもありません。これを正弦条件といいます。
ここでこれ以上の説明はできないので、もう少し詳しく書いてあるpdfを載せておきます。
http://www.optics.iis.u-tokyo.ac.jp/essay/essay01.pdf
NAに関しては、 に対して であり、Fとは逆に、値が大きくなる方が収斂角は大きくなります。
特にNA=1というのは、上の関係式で とすることでF値が0.5の状態であることがわかりますが、このとき収斂する光線がセンサに平行になってしまうので、これより小さいF値は物理的に成立しません。
色々述べましたが、まとめると、
F値、NAはともに 光束が収斂する角度によって決められる値 で、その角度が大きいほど多くの光を取り込める。
そのため、F値が小さいことを「明るい」と形容される。
となります。
ボケの大きさはどう決まるか
センサ上で、デフォーカスによるボケの大きさは、
- 光束の収斂角(≒F値=NA)
- デフォーカス量(どれくらいピントがあっていないか)
で決まります。
収差、ケラレ、回折を考慮すると若干変わりますが*3、基本的な話をするのであれば幾何的に求めて大丈夫です。
ボケの大きさとして、 1点に集まるはずの光がデフォーカスによって円形に広がった際の半径を とすると、
\begin{equation}
R = d\tan\theta
\end{equation}
となります。
繰り返しになりますが、パラメータは「光束の収斂角」と「どれくらいデフォーカスしているか」の2つです。
念の為、上で書いた収差、ケラレ、回折の影響がどう現れるかだけを一応コメントしておきましょう。
- 収差
- 球面収差の影響で、ボケた光がきれいに広がらず、ボケの端がだれたり滲んだりします。
- 画面の中心以外では、コマ収差の影響でボケのにじみ方が非対称になります(下記のケラレとは別物)
- 加えて色収差(球面収差やコマの色によるばらつき)の影響で、上記のにじみに色が付きます。
- 前ボケ、後ボケ、でボケ方が変わって来るのはこれが原因です。
- ケラレ
- 絞りそのものはほぼ丸い形状をしているのですが、特に大口径レンズで画面の端であるほど、鏡筒のどこかで丸かった光束が遮蔽されます。その結果、ボケもその形状を表し、レモンのような形になります。
- これは光学的な収差ではなく、レンズと鏡筒の機械的構造で決まるものです。
- 回折
- 光も波動なので、開口の大きさが有限であれば、その端で光がにじみ出てきます。
- その影響で厳密に1点に集まるはずの光がにじんだり、厳密に円形になるはずのボケのエッジが滲んだりします。
- これは収差ではなく、どんなに補正しても原理的に起こってしまう物理現象なので、究極的にはレンズの性能に依りません。
- 絞ったときに回折の影響が見えやすくなるのは、スケールが光の波長に近いほど影響が顕著になることと、大口径レンズを開放近くで使う場合は収差の影響のほうが回折よりも大きく残っているためです。
厳密な話は色々ありますが、ボケの大きさを評価したいのであれば幾何的な考察で十分であり、より細かい議論はそこからの摂動を考えればよいのです。
時速100km/hで1時間に何km進めるか、という線形計算で解ける問題に微分方程式を使う人はいませんよね。
横倍率と縦倍率
これまで倍率の話をしてきましたが、そこで述べてきた像の大きさベースの倍率のことを特に横倍率と呼びます。
一般に、「倍率」と言えば横倍率のことを指します。
一方で、縦倍率というものも定義することができます。
縦倍率とは
- ある距離の被写体にピントが合っている周辺で、
- 光学系はそのまま、被写体だけが前後に動いたときの、
- センサ面でピントがずれる(デフォーカスする)量の比
を表します。
横倍率が「大きさ」を定める量なのに対して、縦倍率は「奥行き」を定める量です。
なので、この比がわかると、被写体周辺の前後差が、センサ周辺でどれくらいのデフォーカスに相当するかがわかり、
あとはF値(=像面でのNA)と前項の議論から、ボケのサイズを算出することができます。
そして、一般に
ことが知られています*4(計算で求めるのは下記)
なぜフルサイズはボケが大きいのか(まとめ)
さて、これまで書いてきたことをまとめます。
レンズのF値が同じであれば、光束がセンサに収斂する角度が同じです。
APS-Cからフルサイズ、のように、撮像素子のサイズが大きくなったとき、両者に同じ画角の領域を写し込むためには、センサに写す際の倍率(横倍率)も大きくする必要があります。
倍率を大きくする、というのは、焦点距離を長くする、ことに対応し、両者は比例関係にあります。
※このため、同じ画角を写すレンズでも、フルサイズ用レンズはAPS-C用に比べて焦点距離が1.5倍長くなります。
横倍率を大きくすると、原理上縦倍率はその2乗比で大きくなります。
例えば、横倍率を1.5倍にすると、縦倍率は2.25倍になります。
縦倍率とは、被写体とそれをセンサ近傍で結像させたときの奥行き差の比を表す量です。
その結果、被写体での奥行き差は同じでも、横倍率(焦点距離)を変えると同時に縦倍率も変わり、センサ付近でのデフォーカス量も変わります。
横倍率が1.5倍になれば、デフォーカス量は2.25倍です
なので、同じF値、同じ画角であれば、APS-Cに対してフルサイズはボケの量が2.25倍になります。
ただし、そもそも大きさを定める横倍率を1.5倍にしていたので、画角内の被写体に対する相対的なボケ量で言うと、APS-Cに対してフルサイズはボケの相対的な大きさは1.5倍になります。
これは、APS-Cでフルサイズと同じサイズ比のボケを得るためには、光束径(上での )を1.5倍にすること、すなわちF値を1/1.5にすること対応します。
APS-Cとフルサイズに限らず、その他のセンササイズ違いに関しても、画角とF値が同じならセンササイズの比に応じてボケの相対量は変わります。
(参考)「光束径」がボケ量を決める、という記述
同じF値でもセンサが大きいほうがボケる、という理由を「ボケ量は光束径で決まる(光束径に比例する)から」と説明しているサイトがちらほらあります。
結果としてはそうとも言えるのですが、それが直接的な説明にはなっていないことは注意が必要です。
ボケの量は上で議論したとおり、像面でのデフォーカスとNAで決まり、スキップできる部分はありません。
一方で、「結果的に」ボケの量は有効光束径 と比例することも確認しておきましょう。
これまでの関係式、
- 有効光束
- 倍率
- 縦倍率
- NAとF値の関係
より、被写体の奥行き差からボケ量の相対値を求める係数を とすると*5
\begin{align}
D &:= \frac{\alpha\sin\theta}{\beta} \\
&= \frac{\beta^2\cdot 1/2\mathrm{F}}{\beta} \\
&= \frac{\beta}{2\mathrm{F}} = \frac{f\tan\omega}{Y}\cdot\frac{1}{2\mathrm{F}} \\
&= \Phi\times\frac{\tan\omega}{2Y}
\end{align}
となり、有効光束径 と比例します。
は被写体の大きさで、同じものを撮っているとして固定しても良いでしょう。
一方で、 は画角で、フィルム上またはセンサ上にどれくらいの大きさで被写体を写すか(フレーミング)に相当します。
これはどの焦点距離のレンズを使うかや、センサのサイズをどれくらいにするかに依りません。
なので、同じ被写体を写すとき、画角(=写真における被写体の割合)を同じにする場合は「有効光束径が大きいほうがボケやすい」ということもできますし、
逆に同じレンズを使う場合は、「画角を大きくする=倍率を大きくする=被写体に近づく、ほうがボケが大きくなる」ということもできます。
「有効光束」と「画角/フレーミング」2つの観点から、一般的に言われる下記の現象が説明できます。
(参考の補足) では?
なお前項の説明で、 としましたが、厳密にはボケの大きさは
\begin{equation}
D:=\frac{\alpha\times\underline{\tan\theta}}{\beta}
\end{equation}で決められるべきです。そのとおりです。
ただし、現実的な単焦点のF値が1.8や2程度、そのときNA=が0.25、が0.2582...で乱暴に言ってしまえばだいたい同じになること、
また、比例してしまうとしたほうがその後の議論がわかりやすいので近似しました。
なので厳密性を重視して訂正するならば、
F値 > 2程度であればほぼ比例するとみなせる
くらいでしょうか。再度計算しましょう。
\begin{align}
D &:= \frac{\alpha\tan\theta}{\beta} \\
&= \frac{\beta^2\cdot \frac{\sin\theta}{\cos\theta}}{\beta} \\
&= \frac{\beta}{2\mathrm{F}}\frac{1}{\cos\theta} =\frac{\beta}{2\mathrm{F}}\frac{1}{\sqrt{1-1/4\mathrm{F}^2}} =\frac{\beta}{2\mathrm{F}}\left(1-\frac{1}{4\mathrm{F}^2}\right)^{-\frac{1}{2}} \\
&= \Phi\times\frac{\tan\omega}{2Y}\left(1-\frac{1}{4\mathrm{F}^2}\right)^{-\frac{1}{2}}
\end{align}
となり、 に関する非線形ファクタが残ります。
この係数は、
のとき1.1547...
のとき1.0706...
のとき1.0327...
であり、程度にもよりますがF値がある程度大きくなってきたらほぼ1とみなして良いでしょう。
(参考)縦倍率のと横倍率の関係
縦倍率が横倍率の2乗になることを説明しておきます。
物体と像の距離関係を表すレンズの公式があります。
\begin{equation}
\frac{1}{a} + \frac{1}{b} = \frac{1}{f} \tag{1}
\end{equation}
はレンズから被写体の距離、 はレンズからセンサまでの距離、 はレンズの焦点距離です。
はいずれも、レンズから離れる方向を正としておきましょう*6。
横倍率 が
\begin{equation}
\beta= \frac{b}{a}
\end{equation}
で表されることくらいは、中学か高校でもやるはずですね。
縦倍率は、(1)式が成り立っている状態で、
が動いたときに、 がどれだけ動くか
を表すものです。
なので微分して を求めましょう。
\begin{equation}
\Delta b = \frac{\mathrm{d} b}{\mathrm{d}a} \Delta a
\end{equation}
です。
(1)式の両辺を で微分すると
\begin{align}\frac{1}{a} + \frac{1}{b} &= \frac{1}{f} \\
-\frac{1}{a^2} - \frac{1}{b^2}&\frac{\mathrm{d} b}{\mathrm{d}a} = 0 \\
\frac{\mathrm{d} b}{\mathrm{d}a} &= -\left(\frac{b}{a}\right)^2 \\
&= -\beta^2 \end{align}
となり、すなわち
\begin{equation}
\Delta b = -\beta^2 \Delta a
\end{equation}
となります。
これからわかることは、
- が正(被写体が遠ざかる)だと は負(ピント位置はレンズに近づく方向にずれる)
- その移動量の比は、横倍率 の2乗である
以上です。